【連載】トラブル王が語るM&A失敗談 ③浜の真砂は尽きれども、世に粉飾の種は尽きまじ

5月25日の失敗談がなぜか好評という話は先日しましたが、その続報です。

なんと、その記事をご覧になった昔お世話になったコンサルタントの方から、製造業の事業承継の本を一緒に書かないかというお誘いがありました。詳しい内容は固まりましたらまたご連絡しますね。

それにしても、全くもって何がどう繋がるのか分からない世の中ですねえ。


という訳で無事連載3回目を迎えた今日は、建設業のトラブルの思い出です。

実は私の実家は工務店。

そんなわけでこの分野は結構強い方だと思うのですが、それでも若い頃は結構痛い目にあいました。その一つが、この業界の宿痾とも言える「粉飾決算」。

正直今更思い出したくもありませんが、例のよって恥を忍んでお話ししますね。


☆  なぜ建設業に粉飾決算が多いのか? ☆


さて、問題の企業の話をする前に、何故建設業に粉飾決算が多いのか、ということについてお話をしておかなければいけません。

一言で建設業と言いますが、建設業法上に規定されているだけで29業種、46万7000社もあるという巨大産業ですから、勿論、全部が全部粉飾が多いなどということは決してないのです。


一般に建設業のM&Aで粉飾決算に注意が必要、とされているのは主に公共事業が多い会社だとされています。

では何故、公共事業に関係する建設業に粉飾が多いのか?

それは公共事業は基本、入札を行い落札するというプロセスが必要だからです。


入札の参加資格登録にあたっては、その経営状況及び経営規模等(経営規模、技術的能力、その他の客観的事項)を一定の算式に従って評価し、その点数によって受けられる工事の規模や内容が変わってきます。

これを経営時更審査とか略して経審とか言ったりします。


さて、この経審の中で、企業の利益に関する評点をX2点、総合的な財務内容に関する評点をY点と言いますが、当然赤字となればこれらの数字が悪化し、全体的な評点が悪くなる→経営事項審査の点数が悪くなる→工事の入札に影響が出る、というサイクルになります。

付け加えていうなら、かつては経営事項審査の点数に関わらず、営業赤字に転落されば、公共事業の発注を控える、という自治体が多かったこともあり(現在はかなり容認されているとは言いますが)、経営者としては仕事を取るためには、決算書を改ざんしてでも赤字に見せない、つまり粉飾に走りやすいという土壌が存在している訳なんですね。

(勿論、一部の不心得者がいる、という話で全体的にそうだという話では決してありませんので、誤解なきように)


☆  粉飾決算の要 未成工事支出金 ☆


ではどうやって決算を粉飾をするのか?

その代表的なものが、「未成工事支出金を水増しする」という方法です。

未成工事支出金というのは一般には馴染みのない勘定科目かもしれませんが、要するに仕掛かり中の未完成の物件に要した費用のことです。

ただ費用は費用なのですが、支出するだけでなく、工事完成後はちゃんとお金を生む商品となりますから、工事の完成前は資産として計上することになります。

他の業界で言えば、仕掛かり品や商品在庫だと考えたらいいでしょう。


簿記というのは常にバランスシートと損益が連動しており、原則資産を増やせば、対応する利益も多くなるようにできています。

つまり、資産である仕掛品、つまり未成工事支出金を水増しすれば、見かけ上の利益を膨らますことができるのです。

この原理はすべての在庫で一緒なのですが、何故未成工事支出金が使われるかというと、実際の建設現場を見て、どの程度工事が進行し、いったいいくらの費用が支出されたかを判断することは、素人ではまず不可能だからです。

例えば完成したら5000万円の価値のある家を作っているとして、建設現場を見て、50%進行しているのか、60%進行しているのかをすぐに見破ることは難しいですし、そもそも50%進行しているからといって、屋根もない家が2500万円の価値があるかというと、全くそんなことはありません。

つまり見破り難い上に、そもそも帳簿上だけの記録でしかないので、例えば外注への架空の支払いをしたことにするなど、簡単な伝票上の操作だけで巨額の粉飾をすることがとてもしやすいという性質があるわけです。 


これが実際の物件ならまだ良い方で、そもそも架空の工事をでっち上げ、してもいない工事の未成工事を計上することも決して珍しくはありません。

酷い話ですが、会社の規模が大きくなると、どの工事がどの現場かは一見して判別がづきづらくなるので、銀行員などでも意外と見破れないものです。


勿論、よく注意すればこうした粉飾は、ある程度見破ることができます。

売上もそうですし、実際の工事に関わる前受金(未成工事受入金)からみて、感覚的に明らかに未成工事支出金の金額が大きい時は、大抵何らかの粉飾が行われていることが多いのです。

こうしたザックリとした方法でも結構な割合で不正を見抜くことができますし、相応の知識のある人がいるなら、現場別の工事台帳と出来高調書を照合すれば、ほぼ全ての未成工事に関わる粉飾は判別できると思います。


☆  粉飾の手法は実は様々、要は経営者次第 ☆


さて、今回トラブルになった案件も、御多分に洩れず決算書を弄っているクチでした。

なんですが、後から考えれば、ここで全く分からなかったのならまだよかったのです。

ところが私の場合は当時駆け出しのM&Aマンとは言え、実家が建設業ということもあって、なまじ人より多少業界知識があり、早々に未成工事支出金の水増しを見破ったことが逆に災いしました。

本来ここで止めておくか、慎重にことを進めるべきだったのですが、粉飾決算はあるが、事前にすべての説明した上で、買い手が買収すると判断するのなら問題はないだろうと、通常通りM&Aのプロセスを進めてしまったのです。


粉飾の事実は、当然買収時の買い手による監査で発見されました。

勿論、ここまでは当初の予定通りです。

ところが、ここで指摘されたのは、全く想定していなかった別の粉飾が発見だったのです。


以前決算書の作り方にはいくつかの方法がある、という話をしたのを覚えていますか?

実は建設業の決算書の作り方もいくつかの方法があるのです。

それは、「完成工事基準」と「工事進行基準」といいます。

ザックリ言えば、全部の工事が完成した時に一括して売上と損益に振り返るのが完成工事基準、進行中の工事でも毎月その都度売上と損益に振り替える方法が工事進行基準と考えたらいいでしょう。


通常は税務会計を採用し、厳密な工程管理が難しい中小企業では完成工事基準を、企業会計を採用している先は工事進行基準を使います。

しかし計上時期の問題だけなので、どちらを選択しても間違いではなく、会社によってその選択は様々です。


この会社は、なんとこの二つの会計基準を、年度や工事によって使い分けていたのです。

つまり完成していないけど期中では利益の出ている工事は工事進行基準を、この期では赤字になりそうな工事は翌期に完成工事基準で計上し、利益をコントロールしていた訳です。


明らかな粉飾なのですが、さりとて必ずしも違法とも言いがたく、しかしこうなると過去の損益は全部当てにならないので、正確な収益の実態がわからないし、バレれば当然入札にも悪影響が出ることは間違いありません。

未成工事支出金については既に過去粉飾があったことがわかっていましたから、こうなると何が本当で何が嘘なのか、買い手が疑心暗鬼になるのは当然のことです。


お互いに相手を罵倒し合い、挙句に両方で弁護士が出てくる有様となった挙句、本件はあえなく破談となったのでした。


しかしそれで収まらなかったのは買い手の方です。

なにせかなりの時間や費用をかけて、検討してきたのですから、今更新たな粉飾があったから、といって、ああそうですか、とあっさり引き下がるわけがありません。

せめて今までかけた費用だけでも賠償しろと、売り手に迫ってきたのです。


売り手は売り手で、こんなの建設会社ならどこでもやっていることで(決してそんなことはないと思いますが)、この程度の腹芸ができないようなら公共事業なんて取れないよ、とどこ吹く風。

全く反省の色がありません。

結局、全部を見抜けなかったお前にも責任がある、という話で私のところに矛先が向き、すったもんだの末、着手金の半分を返還するという騒ぎとなったのでした。

因みに、売り手と買い手の交渉はこの後もずっと続き、最終的に決着したのは、2年も先の話だったそうです。


この時知ったのですが、建設業の粉飾にはもっと色々なバリエーションがあり、代表的なものとして、同じ金額の工事をお互いに出し合ったことにして売上をかさ上げする「キャッチボール」とか、JVの工事で一時的に一つの口座に保管しておく金額を売上として計上してしまう「プール式」といった手法があるのだそうです。

全くよくもまあ色々と考えるものです。


なお、一応自分自身の名誉回復のため言っておきますが、こうしたトラブルにも関わらず、というか痛い目にあったお陰で、その後建設業のM&Aは私の得意技の一つになりました。

現場にいる最後の方では、60億円以上の未成工事支出金の粉飾のあった企業のM&Aでさえ、トラブルなく成約させたほどです。

この辺は一応プロの技だなと勝手に自画自賛していますが、それもこれもこうしたトラブルあってのこと。


トラブルを振り返って思うに、願わくば、粉飾っぽいな、という案件は無理に検討しないか、あるいは20年前の私ではない、ちゃんとした専門家に相談することをオススメしたいと思うのです。