【コラム】『見るな!のタブー』と日本建国の謎

神が退廃の極みに達したソドムとゴモラを滅ぼさんとしたとき、敬虔な信徒であったロトとその家族には事前にその事を告げ、町を離れる事を許しました。

 そして同時に彼らに言われました。 曰く、なにがあっても決して振り向いてはいけない、と。 


間もなく凄まじい轟音と光とともに、神の怒りの炎が2つの街に降り注ぎ、街は瞬く間に焼き尽くされてしまいます。 

しかしなんということでしょう。 

故郷の最後に心を揺さぶられたロトの妻はつい後ろを振り向いてしまったのです。 

次の瞬間、神の言いつけに背いた彼女は瞬く間に塩の柱になってしまったのでした。


 皆様ご存じ、旧約聖書の創世記にあるソドムとゴモラの物語です。 

実はこのように相手に「見るな!」といわれたけど、こっそり見るなど、なんらかのタブーを犯したために相手が去っていってしまう、という話は全世界にあります。 

 国産み神話のイザナキ、イザナミもそうですし、有名なギリシア神話のオルフェウスの竪琴の話や、昔話の鶴の恩返しなどもそうですね。 

 

このような話は通常『見るなのタブー』と言われ、その由来を巡っては様々な説が提唱されています。 


本日のテーマは、この『見るな のタブー』


 ☆ 海幸彦と山幸彦 ☆  


さて、この見るなのタブーの話の一つとして、古事記に山幸彦と海幸彦というお話があります。 

有名な浦島太郎の話の元ネタと言われる神話ですが、同時に日本建国のお話とも言われています。 

 あらすじを簡単に言うとこんな感じです。 


 昔、宮崎県あたりに海幸彦と山幸彦という兄弟が住んでいました。 

ある日、お兄さんの海幸彦の釣り針を無くして追い出された弟の山幸彦が海岸で嘆き悲しんでいると、なぜか海神、綿津見神の使いがやってきて海神の宮殿(竜宮城)に連れて行ってくれました。

 山幸彦はそこで綿津見神の娘、豊玉毘売と結婚し、海の底で幸せに暮らしていたのですが、海底で無くした釣り針を見つけた山幸彦は地上が恋しくなり、地上に戻ることを決意します。 


山幸彦は海幸彦に釣り針を返そうとしますが、欲に駆られた海幸彦はそれに満足せず、山幸彦に様々な難癖をつけてきます。 

しかし様々な困難の末、海神を味方につけた山幸彦は、遂に海幸彦を屈服させることに成功しました。 

海幸彦を家臣にしたばかりか、豊玉毘売との間に子宝も授かり、幸せな暮らしを手に入れることができたのです。 


さて、ここからが本番なのですが、産気づいた豊玉毘売は山幸彦に『決して産屋を見てはならない』と言って産屋に入ります。 


しかし好奇心から山幸彦は、例によって駄目だというのに産屋の中の妻の姿を見てしまうのです。

 そこにいたのはなんと巨大なワニの姿。

 ビックリした山幸彦は思わず逃げ出してしまい、本当の姿を見られた豊玉毘売は嘆き悲しんで海に帰ってしまう。 

 そんなお話です。 


 ☆ 見るな!のタブーは、実は日本建国の物語だった!? ☆ 


このお話が鶴の恩返しあたりの昔話と違うのが、2人の子供、彦波瀲武鸕鶿草葺不合命(ひこなぎさたけうがやふきあえずのみこと)の四男が何を隠そう初代天皇となる『神武天皇』その人だということです。  

つまり山幸彦と豊玉毘売は天皇家の開祖に当たるわけです。 

そう考えるとこの物語は、単なる昔話ではなく、王朝の創始を語ったものだと考えるのが普通でしょう。 


さて、実はこの話だけでなく『見るな、のタブー』のお話の中には、なぜか相手は大体人ではない異形のもので、しかもその子孫が王朝の創設者になるという話が以外と多いのです。


 さてここからは私の推察で決して定説ではないのですが、見るな、のタブーとは、実は 『族外結婚のタブー』 を表したものだという説があります。 

 日本は単一民族といわれていますが、そのルーツは今に至るまで謎が多く、少なくとも3系統以上の民族の混血種族であることはほぼ間違いありません。 

 

それにはもう一つ傍証もあります。 

神話に出てくる他の皇族に連なる神が、みんな稲に関係する名前を持っているのに、なぜか肝心の神武天皇のお父さんである彦波瀲武鸕鶿草葺不合命だけ、明らかに異質の命名なのです。 

これはつまり大和民族、なかんずく、皇統が日本統一の過程で(又は日本列島にたどり着く課程で)異種族との族外結婚がなされたことで成り立ったことを暗示していると考えられると思うのです。


 ヨーロッパ史で例えるならアングル族とサクソン族が合体してアングロサクソン民族(イギリス)になったという感じでしょうか。 

或いはそれで面白くなければ、ファンタジー小説風に、天孫族(山幸彦)と竜宮族(豊玉毘売)が婚姻によって統合され、天孫・竜宮二重帝国が完成した、とかいうともっとかっこいいかもしれませんが、中二病っぽいので人には言わない方がいいと思います。 


まあ、そんなことはともかく、このお話にある山幸彦が海幸彦を屈服させた話も、天孫(大和又は宮崎あたりの氏族)族が隼人族(鹿児島あたりの氏族)を従えた歴史上の史実を暗示している可能性が高いといえるでしょう。 


因みに、このとき山幸彦は綿津見の神の宮殿(竜宮)からワニにのって地上に戻ってくるのですが、ワニとは隼人族討伐の際、天孫族側に味方した同盟海洋民族の象徴だと仮定すると、豊玉毘売が異民族の海洋民族出身であることを暗示していると考えられます。


さて私の勝手な考えはさておき、この”見るなのタブー”については世界中で様々な説があり、未だにそのルーツや古代人の本当の真意は解き明かされていません。 

単純に人の生や死の神秘を表しているのだ、という説もありますし、タブーである死にあえてふれることで幸せになるという古代の信仰(今でも霊柩車を見るとラッキーとかありますよね)が形を変えたものだとかいう話もあります。 


 このように自分なりの想像をふくらませながら神話を読むのもなかなか楽しいと思いませんか。