【コラム】何故イスラムはいつも悪役なのか?

先日アメリカがイランとの核合意を一方的に破棄したのが記憶に新しいところですが、一昨日は今度はイスラエルとイランが、シリア領内で始めて砲火を交えました。

 IS亡き後もなかなか平和が訪れない中東ですが、実は私は何気に中東好き。 

NewsPicksでも誰も読まないそっち系のコメントを乱発して、一人贅にいっていたりします。 

既に趣味全開になってきたこのブログのコラムですが、今日は、できたばかりのアメリカという国の性格をある意味決定づけ、現代まで中東に大きな影響をおよぼすことになったかもしれないある戦争についてのお話しなどしてみましょうか。


☆ アメリカ VS バーバリー海賊 ☆

 

時代は1790年頃にさかのぼります。 

独立したばかりのアメリカの最大の悩みはともかくお金が無いこと。

 特に大陸国のアメリカにとっては海軍は無用の長物とみなされ、独立戦争が終わるとカリブ海の海賊(私掠船)対策に建造した新造艦6隻を除き、軍艦を全部売り払ってしまいました。 

 そんな中、地中海ではアメリカの商船が相次いで北アフリカのバーバリー海賊の被害にあうという事件が起きます。 


簡単に海賊といいますが、実際には当時の海賊はほとんど全て政府公認。 

欧米諸国の公認海賊である私掠船がカリブ海の敵国の商船を襲撃していたのに対し、バーバリー海賊はオスマン帝国の尖兵として地中海のキリスト教国船を相手に荒らしまわっていたのです。

勿論イギリスやフランスなどの強国は自国の商船にはバッチリ護衛をつけていてバーバリー海賊も手出しができないようにしていたのですが、一方ではしっかり海賊側にも裏から手を回してライバル国の船を攻撃させていました。

 そんなわけで植民地時代にはイギリス海軍の護衛を受けていたアメリカ商船は、独立と共に丸裸になってしまい、忽ち海賊の格好の餌食に成り下がってしまったわけです。 

勿論背後には新興国アメリカをやっかむヨーロッパ諸国が金を出してアメリカ船を襲わせていたわけですけどね。 


そんなわけで海賊の集中攻撃を食らったアメリカですが、悲しかな海軍がないので手も足も出ません。 

結局バーバリー海賊と当時の歳入の1年分!にあたる600万ドルを支払う代わりにアメリカの商船を襲わないという約束をする羽目になったのでした。

 しかし、当時のアメリカはあまりに貧乏で結局約束した金が準備できません。 

仕方が無いのでなけなしの金200万ドルをフリゲート艦”ジョージ・ワシントン”に持たせて値切り交渉に派遣したのですが、この行為はかえってバーバリー海賊たちを怒らせる事になってしまいます。


 1801年、リビアの太守でバーバリー海賊の親玉ユースフ・カラマニリはよほど腹に据えかねたのか、本国に相談せずにトリポリのアメリカ大使館にあったアメリカ国旗を切り倒すという暴挙に出、ついでアメリカへの宣戦を布告したのです。 

 いかに丸腰とはいえ、今も昔も国旗大好きなアメリカ人のことです。 星条旗が侮辱され、公式に喧嘩を売られたとなれば買わざるを得ない、ということでさしものアメリカも遂に初の海外遠征を決意することとなりました。


☆  ミッションインポッシブル ー 新鋭戦艦を爆破せよ! ☆


 しかし派遣した、というかやっとの思いでかき集めた艦隊は”プレジデント”、”フィラデルフィア”、”エセックス”のフリゲート艦3隻とスループ艦エンタープライズの4隻だけ。

対するトリポリ艦隊は小型とはいえ戦闘艦24隻に陸兵2万5000人。

はっきり言って話になりません。 


そんなわけでトリポリを遠巻きに包囲しながら、小規模な戦闘を交えつつ援軍を待つことにしました。 

 しかし、そんな中アメリカにとって大事件が発生します。 

なんとアメリカの新鋭艦フィラデルフィアがトリポリ沖で座礁し、敵に拿捕されてしまったのです。 フィラデルフィアは44門の大砲を積んだアメリカ海軍最強のフリゲート艦で、たった4隻しかないまさに虎の子の戦艦でした。 

現代で言えば空母を敵に取られたようなものです。

 この危機にスティーブン=ディケーター率いる76人の海兵が深夜大胆不敵にもトリポリに侵入。 

敵の手中にあったフィラデルフィアを爆破し帰還するというスパイ大作戦顔負けのミッション・インポッシブルをやってのけ、アメリカ艦隊は最大のピンチを脱することができました。 


☆  決戦7人の海兵隊 ☆


 更に勢いに乗ったアメリカ軍の元にタイミングよく6隻のフリゲート艦が援軍に駆けつけたこともあり、遂にトリポリへの攻撃を決行することにしました。

 しかしトリポリの守りは強固で海からでは到底落とせそうもありません。 

そこで陸からトリポリを攻撃しようとしたのですが、使えるのはオバノン少尉以下わずか7人の海兵隊だけ(笑)

 あまりにも悲しい貧乏っぷりですが、それでも海兵隊を率いるイートン将軍は諦めません。 

リビア内陸の部族がトリポリ太守に反感を抱いているのに付けこんで彼らを買収し、かき集めた400人余りの兵でトリポリに近いダーナの町を奇襲して占領することに成功したのです。 

 結局部族の離反を恐れたカラマニリは6万ドルの身代金と引換に、捕虜を開放し和平を受け入れることにしました。

こうしてアメリカ初の海外遠征は、なんとかアメリカの勝利に終わったのでした。  


☆  モンテズマの回廊からトリポリの海岸まで ☆


さて、初めての対外戦争であったこの第一次バーバリー戦争はアメリカのその後の方向性を決定づけました。

本来アメリカは大陸国家であり、陸軍の力で成立した国でした。

しかしこの戦争によってアメリカは海軍に目覚め、逆にその海軍力によって世界各地への介入を繰り返すようになったのです。


第二に、この戦いによってアメリカは自由(貿易)を守り、それを阻害する敵(海賊)を討伐するという大義が生まれたことです。

 ヨーロッパは自由貿易を標榜しながら影では海賊を操っていましたが、アメリカは(結果的に)自由貿易を守るために身代金を払うのではなく、愚直にも海賊を討ち、それがフェアであると考えたのです。 

この自由とフェアの為に軍事介入も辞さず、というDNAは今に至るまで受け継がれ、アメリカが諸外国に介入する主たる動機と口実になりました。 

そしてその尖兵が必ず海兵隊になるというのは、まさにトリポリに上陸した7人の海兵隊以来の伝統となったのです。 


今でも海兵隊賛歌という歌にはこうあります。

 『モンテズマの回廊から トリポリの海岸まで

  我らは祖国のために 空、陸そして海で戦う 

  正義と自由を守り最初に戦う者として   

  そして我らの高潔な名誉を守るため

  我らが誇りとするその名は 合衆国海兵隊 』


第三に、多勢ながら野蛮で、抑圧的で専制的な君主を少数ながら英雄的な民主主義と自由の国民が打ち破った(当然アメリカから見ての話)ことで、自由と民主主義のために専制国家と戦うのがアメリカの運命だという一種の神話が生まれたことでした。


この海洋版マニフェスト・ディスティニー(明白なる運命)は、その後のアメリカの介入というか侵略を正当化する心理的な礎となりました。 

 そして最後に、このバーバリー戦争というアメリカの戦争処女体験でイスラムと対決したことは、アメリカの人々にイスラム=海賊=野蛮=専制的=自由の敵=アメリカの敵 という抜き難い先入観を受け付けることになりました。 


911の時アメリカの新聞は、「我々はバーバリー戦争で海賊と戦って以来、ずっとテロと戦い続けてきたのだ」と書き立てました。 

そうです、イスラムは建国以来ずっと戦い続けてきた悪役のイメージなのです。 


 もしバーバリー戦争がなければ、恐らくアメリカは内陸国家として別の道を歩んでいたかもしれませんし、勿論現在の中東情勢も大きく変わり必ずしもイスラムにも敵役のイメージを抱くこともなかったかもしれません。 


三つ子の魂百までといいますが、人間だけでなく国家にも、そして企業にも歴史があり、持って生まれて来たDNAというのがあります。

世界の歴史を知ることと同様、企業を知ることも、何より相手の成り立ち、そしてDNAを知ることが大事なのではないかと、いつも思うのです。